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宇都宮地方裁判所 昭和45年(行ウ)4号 判決

栃木県日光市中宮祠二、四七八番地

原告

有限会社 対月館

右代表者取締役

小平常夫

右訴訟代理人弁護士

菊地三四郎

右訴訟復代理人弁護士

稲葉勉

栃木県鹿沼市蓬莱町一、〇一一番地

被告

鹿沼税務署長 飯島喜一

右指定代理人

房村精一

室岡克忠

具志堅安利

久嶋柳次

川俣一郎

丸山豊一

高畑正男

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

原告の昭和三六年四月一日より昭和三七年三月三一日まで、及び同年四月一日より昭和三八年三月三一日までの各事業年度の法人税確定申告につき、被告が昭和四〇年五月二八日付でなした更正処分のうち、従業員別段賞与の各損金算入(昭和三六年四月一日より昭和三七年三月三一日までの分につき、六四万八、〇〇〇円、昭和三七年四月一日より昭和三八年三月三一日までの分につき、一〇〇万円)を否認した部分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は国立公園日光中宮祠において対月館と称する屋号で従業員六、七人を使用して旅館業を営んでいる。

しかして、旅館営業にとっては従業員の確保が重要であるため、原告は別表(三)のとおり、通常の賞与のほかに、昭和三七年三月三一日訴外小平アサ子外四名に対し合計金六四万八、〇〇〇円の、昭和三八年三月三一日訴外武田隆平外七名に対し合計金一〇〇万円の各従業員別段賞与(以下本件別段賞与という。)を支給した。

右別段賞与は、一年以上勤務した従業員に対し当該年度三月分の給与月額を基準としてそれに勤続年数を乗じて支給基準としたものであり、且つ当時の社会状勢として右別段賞与を一時に支払うと、次期の運転資金に支障をきたすので、原告は右別段賞与として支給した金員を期限五か年、利率七分をもって借り受けたものである。

2  ところで、法人税法基本通達(昭和二五年九月二五日国税庁長官通達直法一-一〇〇)二六四及び二六五、法人税取扱通達四一五によれば、「法人が使用人に対する賞与に引当てこれを損金として計上した場合においては当該引当金を支給することが確実であり且つ法第一八条から第二一条までの規定による申告期限までに受給者ごとに分別されているときはこれを認める」とあり、現行法人税法第二二条第三項及び第五四条とほぼ同様の取扱いがなされているところである。

従って、本件別段賞与が前記各支払年度の損金として計上しうることは疑いを入れないところである。

3  よって、原告は法人税の確定申告に関し、右別段賞与を各損金として計上し、昭和三六年四月一日から昭和三七年三月三一日までの事業年度(以下昭和三六年度という。)については金二六七万八、九八四円、昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの事業年度(以下昭和三七年度という。)については金四一一万五、三三〇円と申告したところ、被告は右別段賞与はそれぞれ架空と認められるので損金として計上することを否認するとして、昭和四〇年五月二八日別表(一)、(二)のとおり、それぞれ各更正処分とした。

これに対し、原告は被告に対し異議を申立て、右申立が棄却されたため、さらに同年六月二九日関東信越国税局に審査請求をなしたが、昭和四四年一二月一九日右請求は棄却され、同月二〇日その旨の通知を受けた。

4  しかしながら、昭和三六年度及び昭和三七年度の各別段賞与の損金算入を否認した被告の前記更正部分(以下本件更正処分という。)は違法であるからその取り消しを求める。

二  被告の答弁

1  請求原因第1項のうち、原告が国立公園日光中宮祠において対月館と称する屋号で旅館業を行っていることは認めるが、その余の事実は否認する。

原告は、昭和三六年度及び昭和三七年度中の利益を従業員に還元するものとして、通常の賞与(昭和三六年八名分金一五万一、〇〇〇円、昭和三七年度八名分金八万九、〇〇〇円各現金支給)のほかに、昭和三六年度につき、昭和三七年三月三一日付金六四万八、〇〇〇円、昭和三七年度につき、昭和三八年三月二七日付金一〇〇万円の別段賞与を支給する旨決定したものとして、右各事業年度中の損害金(未払金)に計上しているが右別段賞与の実質は単なる書類上の計上に過ぎず、右各事業年度の決算期末における未払金計上時点においては架空の債務であると認められたので、被告は、右損金算入を否認したものである。

すなわち、本件の別段賞与については、従業員に対する支給基準が明らかでなく、その支給通知が係争各事業年度とも、昭和三七年度申告期限(昭和三八年五月三一日)経過後の同年七月頃であり、従業員に前記各事業年度における別段賞与の支給を受けたことの認識もなく、原告において一方的に借入の予定をなし、従業員の作成すべき「利益還元従業員別段賞与貸付承諾書」作成もその後になされた形跡がある上、従業員のなすべき署名、押印も従業員自身のものでないことなどから、右「承諾書」なるものは仮装のものであるといわねばならない。

さらに原告備付の賃金台帳には、別段賞与につき従業員の受領印も見当らない。

2  同第2項のうち、法人税基本通達二六四及び二六五の文言は認めるが、その余の主張は争う。

本件別段賞与は係争各事業年度において全額未払、支給時期未確定の状態のままであったのであるから、右通達の「支給することが確実である」という要件にあたらない。さらにまた前記のとおり本件別段賞与は、原告において一方的に借入金に振替え五か年に亘る分割支払いというのであるから、前記事業年度において損金に計上すべき通常の賞与とは性質を異にするものである。

3  同第3項は認める。

4  同第4項は争う。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第一四号証の各一、二、第一五号証

2  証人北条テイ、同大貫キヌイ、原告代表者本人(第一、二回)

3  乙第一ないし第五号証、第七号証の成立は不知、第二二号証は北条テイの署名及び名下の印影が同人の印章に基くものであることは認めるがその余の部分の成立は不知、その余の同号各証の成立は認ゆる。

二  被告

1  乙第一ないし第二三号証

2  証人影山一雄、同矢崎茂

3  甲第一四号証の一、二の成立は認め、その余の同号各証の成立は不知。

理由

一  原告が国立公園日光中宮祠において対月館と称する屋号で旅館業を営んでいること、原告が法人税の確定申告に際し、本件別段賞与を損金として計上し、昭和三六年度については金二六七万八、九八四円、昭和三七年度については金四一一万五、三三〇円と申告したところ、被告は右別段賞与の損金性を否定し、昭和四〇年五月二八日別表(一)、(二)のとおり各更正処分をしたこと、原告は被告に対し異議申立をしたが該申立は棄却されたこと、よって原告は同年六月二九日関東信越国税局に審査請求をしたが、昭和四四年一二月一九日右請求も棄却され同月二〇日その旨の通知を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、本件別段賞与は法人税法基本通達二六五(昭和四〇年直審(法)五九により削除されたもの)により損金として認められるべきであると主張するので判断する。

1  法人税法上損金と認められるためには、当該費用が当該会計年度に発生したものであり、且つ支給額が確定していることが必要であって、従業員に対する賞与については、その支給が確定していない限り損金算入が認められないのが原則である。

しかるに、前記法人税法基本通達二六五によると、「法人が使用人に対する賞与を引き当て、これを損金として計上した場合においても、当該引当金を支給することが確実であり、且つ、法第一八条から第二一条までの規定による申告期限までに受給者ごとに分別されているときはこれを認める。」と定められ、当該引当金を支給することが確実であること、申告期限までに受給者ごとに分別されていることを要件として損金算入を肯認しているところである。

しかしながら、右基本通達は未払賞与の損金性を、確定損金と同一視できる場合に限り例外的に認めたものであって、未確定の費用や支払原因未発生費用を見積り引当金とすることをも認めた趣旨ではなく、従って、当該法人が賞与を支給する旨内部的に決議しているとしても、未だ受給者に対する通知がなされておらず、支給の確実性に欠けているような場合においては、右基本通達に所謂支給するとが確実である場合にあたらないものと解すべきである。

2  よって、本件について検討する。

(一)  原告代表者本人尋問の結果(第一、二回)並びにこれにより成立の認められる甲第一号証ないし第一三号証の各一、二、第一五号証によれば、次の事実が認められる。

原告は昭和三六年度及び昭和三七年度において、予想以上の利益が生じたことから、右利益の税務処理について日頃顧問的立場にあった訴外飯塚会計事務所に相談したところ、これら利益を従業員に可能な限り還元し、合わせて節税の目的を計る方法として、本件別段賞与を支給することの助言を得たこと、そこで原告は別表(三)のとおり各従業員に対し通常の賞与のほかに本件別段賞与を支給することを決定し、同時に該金員を右従業員より五年間七分の利息を付する条件で借り受け、これを社内留保の経済力を蓄積することとし、各従業員に対しては、別表(三)のとおり毎年利息を支払い、退職して行方不明の従業員を除き昭和四五年三月ころまでに、概ね元利金の支払を完了していることが認められる。

(二)  しかしながら、成立に争いのない乙第六号証、第八号証ないし第一〇号証、第二三号証、証人影山一雄の証言により成立の認められる乙第一号証ないし第五条証、証人矢崎茂の証言により成立の認められる乙第七号証並びに証人影山一雄、同矢崎茂の各証言によれば次の事実が認められる。

原告が各従業員に対し本件別段賞与を支給する旨通知したのは昭和三八年六月上旬より同年七月中旬にかけてであること、その際原告代表者小平常夫は各従業員に対し「利益が出たから支給するが、右金員は原告に対する貸付金として処理し、利率年七分を付ける。」旨一方的に説明し、「利益還元従業員別段賞与貸付承諾書」を提示して各署名押印を求めたこと、そして、右承諾書には既に所定の記載がなされており、作成日は日付を遡らして昭和三六年分については、昭和三七年三月三一日と、昭和三七年度分については昭和三八年三月二七日とそれぞれ記入されていたこと、また当時退職していた従業員に対しては右承諾書を郵送して署名押印を求めており、昭和三七年九月二〇日以前に退職していた訴外鈴木忠正は退職時までに、本件別段賞与についての説明を受けたことはなかったこと、このように本件別段賞与は従業員に対し現実に支給されることなく、原告において一方的に借入れることが予定されていたため、従業員は右別段賞与に対する認識が十分でなかった。

さらに、成立に争いのない乙第一一号証ないし第二一号証によれば、原告の賃金台帳には各従業員の毎月の給与及び通常の賞与の受領欄に各押印があるのに別段賞与の受領欄の押捺がないこと、原告主張の支給基準によって別段賞与支給額を計算すると別表(四)のとおりとなり、本件別段賞与の支給基準は必ずしも明確でないこと、本件別段賞与の支給額は通常の賞与に比し著しく高額であることが認められる。

右認定に反する証人大貫キヌイ、同北条テイの各証言並びに原告代表者本人尋問の結果(第一、二回)は前掲各証拠に対比して措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  以上、認定のとおり、本件別段賞与昭和三七年度の法人税申告期限(昭和三八年五月三一日)経過後である同年七月以降に従業員に通知され、「利益還元従業員別段賞与貸付承諾書」なる書面に署名押印を求められるまでは、従業員に対しその内容を全く明らかにされなかったところであるから、原告が各事業年度の法人税申告期限までに、内部的に本件別段賞与を支給する旨決議していたとしても、その支給の具体的方法については自由に選択し或いは変更を加える余地が存し、未だ受給者たる従業員ごとに支給額が分別され確定していたものと認めることは困難である。

しかして、本件全証拠によるも、原告が本件別段賞与を各事業年度の法人税申告期限までに各従事員ごとに分別し当該賞与を支給する債務が確定していたと認めるに足りない。

三  したがって、右事実関係の下においては、本件別段賞与は現実に支払われた各年度の損金として計上することは格別、前記法人税基本通達二六五に所謂支給することが確実である場合にあたらないから、昭和三六年度及び昭和三七年度の損金として計上することは許されないものといわなければならない。

そうすると、被告が本件別段賞与の損金算入を認めなかったことは適法であって、原告の主張は理由がない。

四  よって、原告の本件更正処分に対する本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新海順次 裁判官 相良甲子彦 裁判官 金馬健二)

別表(一)

(昭和三六年四月一日より同三七年三月三一日まで)

申告と更正の内訳

〈省略〉

別表(二)

(昭和三七年四月一日より同三八年三月三一日まで)

申告と更正の内訳

〈省略〉

〈省略〉

別表(三)

〈省略〉

別表(四)

1 自昭和三六年四月一日至昭和三七年三月三一日事業年度分

〈省略〉

2 自昭和三七年四月一日至昭和三八年三月三一日事業年度分

〈省略〉

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